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第173話 楽しみにする気持ち

작가: 八月 猫
last update 게시일: 2026-10-28 09:00:37

 洗濯物を畳み終える頃には、部屋の時計は午後十時に近づいていた。

 私はクローゼットへ衣類をしまい、明日の仕事の準備を済ませた。

 いつもと変わらない月曜日の夜だった。

 けれど、今度の土曜日には約束がある。

 朝倉さんと、午後二時に待ち合わせる。

 そう考えると、自然に頬が緩んだ。

 何を着ていこう。

 カフェでは何を頼もう。

 写真で見た季節のケーキもおいしそうだったけれど、焼き菓子も気になる。

 そんなことを考えているうちに、ふと手が止まった。

 こんなふうに誰かと会う日を楽しみにするのは、いつ以来だろう。

 悠斗と付き合い始めた頃は、私も休日の予定を楽しみにしていた。

 どこへ行こうかと話し、服を選び、待ち合わせの時間を何度も確認した。

 あの頃は、会えるだけで嬉しかった。

 特別な場所へ行かなくてもよかった。仕事帰りに待ち合わせて、駅前の店で夕飯を食べるだけでも楽しかったし、帰

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  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   第173話 楽しみにする気持ち

     洗濯物を畳み終える頃には、部屋の時計は午後十時に近づいていた。 私はクローゼットへ衣類をしまい、明日の仕事の準備を済ませた。 いつもと変わらない月曜日の夜だった。 けれど、今度の土曜日には約束がある。 朝倉さんと、午後二時に待ち合わせる。 そう考えると、自然に頬が緩んだ。 何を着ていこう。 カフェでは何を頼もう。 写真で見た季節のケーキもおいしそうだったけれど、焼き菓子も気になる。 そんなことを考えているうちに、ふと手が止まった。 こんなふうに誰かと会う日を楽しみにするのは、いつ以来だろう。 悠斗と付き合い始めた頃は、私も休日の予定を楽しみにしていた。 どこへ行こうかと話し、服を選び、待ち合わせの時間を何度も確認した。 あの頃は、会えるだけで嬉しかった。 特別な場所へ行かなくてもよかった。仕事帰りに待ち合わせて、駅前の店で夕飯を食べるだけでも楽しかったし、帰り道に少し遠回りをするだけで、もう少し一緒にいられることが嬉しかった。 それがいつの間にか、休日は一緒に生活を回す日になっていた。 買い物へ行き、足りないものを補充し、掃除をして、食事を作る。時々出かけることもあったけれど、私の頭の中には帰宅後の夕飯や翌日の準備がいつも残っていた。 あの時間が全部嫌だったわけではない。 楽しかった日も、嬉しかったことも確かにある。 ただ、いつからだろう。 誰かと過ごす予定を楽しみにするより、その予定をうまく終わらせることを考えるようになったのは。 私は畳み終えたタオルが収まった棚を見つめた。 もう、あの頃のことを一つずつ責めたいわけではない。 悠斗との時間を、全部間違いだったことにしたいわけでもなかった。 私が好きだった気持ちも、二人で笑った時間も本当だったのだと思う。 でも、好きだったからこそ、私は少しずつ無理をするようになっていた。 相手が困らないように。

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     月曜日の昼休み、私はスマホの画面を眺めながら、少しだけ悩んでいた。 表示しているのは、会社から電車で二駅ほど離れた場所にある小さなカフェの紹介ページだった。 古い建物を改装した店らしく、木製の家具と大きな窓が印象的だった。写真には焼き菓子や季節のケーキが並んでいて、休日には軽いランチも出しているらしい。 気になったのは、窓際にある二人掛けの席だった。 朝倉さんと行った喫茶店とは雰囲気が違うけれど、ここなら落ち着いて話せそうだと思った。 先週末、朝倉さんと別れる時に交わした約束。 今度は私から誘ってもいいですか。 朝倉さんは、ぜひ、と答えてくれた。 あの時は自然に言えたのに、いざ本当に誘おうとすると、少し緊張する。 まだ数日しか経っていない。 早すぎるだろうか。 でも、せっかくなら今度の週末に行ってみたい。 私は画面を閉じたり開いたりしながら、何度目か分からないため息をついた。「藤崎さん、何か難しい案件ですか?」 顔を上げると、森下さんが立っていた。「あ、ううん。仕事じゃないの」「そうなんですね。すごく真剣なお顔だったので」 森下さんは隣の椅子に座り、持ってきたお茶をテーブルに置いた。 私は少し迷ってから、スマホの画面を見せた。「このお店、どう思う?」「カフェですか? 素敵ですね。誰かと行くんですか?」「……うん。まだ誘ってないんだけど」 そこまで答えると、森下さんが私の顔を見た。 そして、少しだけ目を見開く。「もしかして、朝倉さんですか?」「どうして分かったの?」「藤崎さん、今ちょっと照れてます」「そんなに分かりやすい?」「はい。でも、いいと思います」 森下さんは笑いながら、スマホの写真へ目を戻した。「ここ、雰囲気もよさそうですし、駅から近いみたいですね。何よ

  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   第170話 また会いたい理由

     会計を済ませて喫茶店を出ると、午後の日差しは少し傾き始めていた。 店内ではあまり意識しなかったけれど、外へ出ると空気が少し涼しい。私はバッグの持ち手を直し、朝倉さんと並んで書店の方へ歩き出した。「今日はありがとうございました」 私が言うと、朝倉さんは首を横に振った。「こちらこそ。突然誘ってしまいましたけど、来ていただけてよかったです」「最初は少し驚きました」「そうですよね。書店で偶然お会いしただけでしたから」「でも、嬉しかったです。前から行っていた喫茶店なのに、今日はまた違う楽しさがありました」 そう答えると、朝倉さんは少し照れたように笑った。「そう言っていただけると、誘った甲斐があります」 私たちは信号の手前で足を止めた。 向かいの歩道には買い物帰りらしい人がいて、近くの花屋では店員さんが店先のバケツを片づけ始めている。 いつもと変わらない休日の午後。 その景色の中で、私はさっきまでの会話を思い返していた。 朝倉さんが、私と普通に話してみたかったと言ってくれたこと。 自分から誘ったのだから、気にしなくていいと言ってくれたこと。 どちらも、私には嬉しかった。◇「また、あのお店に行きたいです」 信号が青に変わって歩き出した時、私は自然にそう言っていた。「そうですね。また機会があれば」 朝倉さんは穏やかに頷いた。 私はその返事を聞きながら、少しだけ考えた。 また機会があれば。 便利な言葉だと思う。 次の予定を決めなくてもいいし、相手に負担をかけることもない。社交辞令として使うこともできるし、本当に次を楽しみにしている時にも使える。 以前の私なら、そこで会話を終わらせていただろう。 相手が次の予定を提案してくれるまで待つ。自分から誘って断られたらどうしようと考え、曖昧な言葉の中に気持ちをしまっていたと思う。 でも、今日は少し

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     喫茶店の壁に掛けられた時計は、午後三時を少し回っていた。 窓際の席には柔らかな日差しが残っていて、向かいに座る朝倉さんの横顔を明るく照らしている。プリンの皿は空になり、コーヒーも残り少なくなっていた。 そろそろ帰る時間だろうか。 そう考えてから、私は自分が少し名残惜しく感じていることに気づいた。 今日は小冊子を買うために書店へ来た。朝倉さんに会えるかもしれないとは思っていたけれど、こうして一緒に喫茶店に入ることになるとは予想していなかった。 だから、この時間が終わるのを惜しいと思うことにも、少し戸惑っている。「藤崎さん?」 朝倉さんに声をかけられ、私は顔を上げた。「何か考え事ですか?」「あ、いえ。そろそろ帰る時間かなと思って」 そう答えると、朝倉さんは壁の時計を見た。「そうですね。もう結構話していましたね」「はい。思っていたより時間が経っていて、少し驚きました」「僕もです。今日は写真の話をほとんどしていないのに」 朝倉さんが笑うので、私もつられて笑った。「プリンの話はしましたけど」「それは重要な話でしたね」「はい。かなり」 以前は、相手と過ごす時間を楽しくしようとして、会話を途切れさせないことばかり考えていた。けれど今日は、話題を探すために無理をした覚えがない。 朝倉さんも自分の話をしてくれたし、私も休日の過ごし方を話した。特別な出来事があったわけではないのに、もう少し一緒にいたいと思っている。「藤崎さんは、休みの日に一人で出かけることが増えたんですよね」 朝倉さんが、コーヒーカップをソーサーへ戻しながら言った。「はい。前はあまり出かけなかったんですけど、最近は気になる場所があったら行ってみようと思うようになりました」「工房もそうでしたね」「最初はかなり緊張しました。駅から歩いている間、本当に道が合っているのか何度も確認してしまって」「僕も初めて行く場所では同じこと

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     書店を出ると、午後の日差しが歩道に落ちていた。「この近くに、静かな喫茶店があるんです。行ったことはありますか」 朝倉さんに聞かれて、私は少し考えた。「もしかして、角を曲がったところの古いお店ですか?」「はい。木の看板があるところです」「あ、あります。前に一度、一人で入りました」「そうなんですね」「プリンを食べました」 朝倉さんが笑った。「固めのプリンですよね」「そうです。朝倉さんも知ってるんですね」「何度か行っています。コーヒーがおいしいので」「私、プリンしか覚えていませんでした」「それも十分な記憶だと思います」 私たちは並んで歩き出した。 以前、一人で歩いたことのある道を、今日は朝倉さんと歩いている。ほんの数分の距離なのに、隣に誰かがいるだけで、見慣れた景色が少し違って感じられた。「そういえば、工房の帰りにパン屋さんへ寄れましたか」「寄れました。シナモンロールとミルクパンを買ったんですけど、どちらもおいしかったです」「よかったです。おすすめしておいて、お口に合わなかったらどうしようかと思っていたので」「大丈夫です。むしろ、次に行く理由ができました」「それなら安心しました」 信号が青に変わり、私たちは横断歩道を渡った。 何でもない会話をしながら歩く時間が、思っていたより自然だった。◇◇◇◇ 喫茶店の扉を開けると、コーヒーの香りがした。 以前来た時と同じ、少し暗めの照明。木製のテーブルと、壁に掛けられた古い時計。 店員さんに案内されて、私たちは窓際の二人席に座った。 向かいに朝倉さんがいる。 それだけで、私は少し緊張した。 展示室では、いつも写真を見ながら話していた。工房では器があったし、書店では本があった。 でも今は、テーブルの上にメニューが二冊あるだけだった。「何にしま

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  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   第5話 知らない名前

     私はスマホの画面を見つめたまま固まっていた。『今日はありがとうございました!またみんなで飲みたいです!』 送信者は、『秋山 美咲』。 知らない名前だった。 でも、悠斗のスマホに届いた通知ではない。 私のスマホだ。 私はゆっくり画面を開く。 どうやらメッセージアプリの「知り合いかも」の

  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   第4話 既読スルー

     昼休み、スマホが震えた。 私は資料から顔を上げ、デスクの隅に置いていたスマホを見る。 悠斗からだった。『今日後輩来るから適当に飲み物買っといて』 私は画面を見つめたまま、少しだけ指を止める。 ――後輩。 今朝言っていた人だろう。『わかった。何人?』

  • 『尽くしすぎたのでやめました。今さら後悔しても遅いです』〜帰らない人を待つのは、もうやめます〜   第3話 母親みたい

     翌朝、目が覚めるとソファの上に毛布が落ちていた。 悠斗はベッドに戻ったらしい。 私はぼんやり天井を見上げたまま、小さく息を吐く。 身体が重い。 昨日はちゃんと寝たはずなのに、疲れが抜けていなかった。 時計を見る。 午前六時半。 あと三十分で悠斗を起こさないといけない。

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